【再審決定の報に触れて】奪われた数十年と、貫かれた人間の尊厳
専業トレーダーのAKIRAです😌
最近あったニュースについて触れてみたいと思います。
こんなことがあっていいのか。
そう思ったので記事にしてみます。
先日、あるニュースが目に留まった。 数十年前の殺人事件で家族が無実を
訴え続け、ついに再審が認められたという。
しかし、その方はすでに獄中で息を引き取っていた。
この報に触れたとき、胸の奥が締め付けられるような、言いようのない痛みが走った。 無実の罪を着せられ、自由を奪われ、愛する家族と引き裂かれた数十年。 その孤独と絶望は、僕らの想像を絶するものがある。
どんな気持ちで毎日、あの冷たい壁の中で過ごしていたんだろう。
明けない夜はないと信じて、それでも夜が明けなかった日々の、その人の「気持ち」を思うと涙が止まらない。
✅司法制度のあり方を、根本から変えなければならない
今回の事件を通じて、僕は日本の司法制度のあり方に強い憤りを感じている。 「疑わしきは罰せず」という大原則はどこへ行ったのか。
一度下された判決を覆すのがこれほどまでに難しく、時間がかかる。
その間に、一人の人間のかけがえのない一生が終わってしまう。
それも、無実で数十年も刑務所に入れられて・・・
これは、制度のミスという言葉では済まされない。 一人の人間の尊厳を、国家が奪い去ったということだ。
再審請求が認められるまでの高いハードル、証拠開示の不透明さ。
今のシステムには、あまりにも多くの「歪み」がある。 これを大きく変えない限り、また同じ悲劇が繰り返される。 司法は、間違いを認める勇気と、迅速に正義を取り戻す仕組みを、根本から再構築すべき時期に来ていると思う
✅失われた時間は二度と戻らない
ご本人の無念はもちろん、ずっと信じて待ち続けたご家族の心痛も計り知れない。 失われた時間は、どんなに高価な宝石でも、どんなに高い賠償金でも、一秒たりとも取り戻すことはできない。
僕もこれまでの人生で、時間の重みについては嫌というほど向き合ってきた。 だからこそ、このニュースが他人事とは思えない。 その人が、最期の瞬間まで何を支えに生きていたのか。 きっと、自分の中にある「真実」という誇りだけは、誰にも渡さなかったのだと思う。
✅いま、僕ができること
僕にできることは、ただ静かに祈ること。
そして、今目の前にいる子供たちや、縁あって繋がっている仲間たちが
二度とこんな理不尽な思いをしなくて済むような社会を、少しでも作っていくことだ。
人は、いつどうなるか分からない。 だからこそ、今日という日を、大切な人を、精一杯の愛で包み込みたい。 亡くなられた方の魂が、今は重い鎖から解き放たれ、自由な空を羽ばたいていることを心から願っている。
同じような悲劇は繰り返されて欲しくないと心から思います。

